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特別な注意を要する地域(その2)

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重大なウソ

チェルノブイリ事故をめぐる
モスクワニュ−ス紙の座談会

 1988年7月、アレス・アダモビッチ(Алес АДАМОВИЧ)は記事‘心からの言葉、ノー・モア核爆発’(モスクワ・ニュース 29)の中で、また1989年2月にはウラジミール・コリニコ(Владимир КОЛИНЬКО)が‘チェルノブイリのこだま’(モスクワ・ニュース No.8)の中でチェルノブイリ原発事故による放射能の影響を受けた人々の体験について初めて語ってくれた。この討論の主題については、その時から新聞記事の中に現れている。それらはすべてチェルノブイリの悲劇に関する真実が隠されていることを示している。われわれは真実によって、犯罪がおこなわれ、そして今でもその犯罪が目の前でおこなわれているということを知ることができる。しかし、なぜそうなったのだろう? 特に、誰がその背後にいるのだろう? モスクワ・ニュース紙はこの現状を明らかにするため座談会を開いた。
 編集室でおこなわれた討論には以下の人々が参加した。アレス・アダモビッチ(作家、ウクライナのソ連人民代議員)、ユーリー・ボロネシェフ(Юрий ВОРОНЕЖЦЕВ: ゴメリ州のソ連人民代議員)、ウラジミール・コリニコ(ノーボスチ・通信社[APN]キエフ駐在員)、ユーリー・シチェルバク(Юрий ЩЕРБАК: 作家、ソ連最高会議代議員、キエフの電力工業及び原子力安全省副議長・生態学と天然資源の有効利用担当)、アラ・ヤロシンスカヤ(Алла ЯРОШИНСКАЯ: ジャーナリスト、ジトミール州のソ連人民代議員)。

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(写真)ウクライナ共和国。キエフのポレエーシェ地区にある幼稚園。放射能汚染スポットには白いバツ印が付けられており、子供たちはそこを避けて歩く。

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◎ウソの始まり

【シチェルバク】―― ウソは今始まったのではない。3年半前から始まっていたのである。チェルノブイリ(Чернобыль)原発事故に関する最も重要な真実は、まだわれわれの前に明らかにされていないのではないだろうか。
 第一に、重大な規則違反をした人たちに責任があるという考えが、無批判に社会通念となってしまった。裁判がおこなわれ、判決が下った。彼らは服役しており、そのうち一人は死亡、一人は精神に異常をきたし、一山人は放射線障害で重体である。しかし現在では、非常に権威のある専門家たちが、事故の主要な原因RBMK-1000(РБМК-1000)炉の安全システムの設計上の欠陥にあったという結論に達している。
 クールスク原発の安全担当技師A.ヤドリヒンスキー(А.Ядрихинский)が作成した重要な文書を私は入手している。私は、その文書の中で彼が非常に論理的にこの点(RBMK-1000炉の欠陥)を立証していると思っている。そこで私は、この欠陥炉を開発し、普及させたA.アレクサンドロフ(А.Александров)科学アカデミー会員指導下の設計者グループの責任問題が検討されるべきだと思う。この炉が不完全なものであることは、チェルノブイリ事故の前からすでにはっきりしていたのである。実際にチェルノブイリと類似の事故が、たとえば1976年にレニングラード原発で起こっていた。幸運なことに大事故にはいたらなかったが、この事故は秘密にされた。その炉が中型機械工業省(訳注)によって管轄されていたからである。チェルノブイリ原発の従業員もこ

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(訳注)中型機械工業省は、国防省に属している。同工業省を含め全部で9つの工業省が国防省に所属している。詳しくは江南和幸氏の「ペレストロイカとソ連の科学技術政策」(技術と経済1990年2月号)をご覧下さい。モスクワ・ニュースの記事も紹介されています。

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の事故については誰一人として知らなかった。また、このA.ヤドリヒンスキーを含め多くの人々が、チェルノブイリ事故で実際に放出された放射性物質の量の推定値に疑問を投げかけている。国家気象委員会の推定とソ連が公式に発表したータでは、総放出量は5千万キュリー【185京Bq = 1,850,000,000,000,000,000Bq】とされているが、非常に多くの専門家、たとえば全ソ原発研究所の推定によれば、放出量はなんと64億キュリー【2,368京Bq = 23,680,000,000,000,000,000Bq】とされている。これは、われわれが欧州のどまん中に核戦争地帯を抱え持っているということを意味している。サイエンス紙の評価によると、セシウムだけをとっても、これまでに大気圏内でおこわれた核爆発によって作られたセシウムの60%にあたる量がばらまかれた。
 第二に、事故情報がどこへ流れ、どの《段階》でそれが歪められたのかという質問に答える必要がある。ここでわれわれが目の前にしているのは、ほとんど推理小説の世界である。特別年金受給者で前ウクライナ共和国首相A.リャシコ(А.Ляшко)と、特別年金受給者で前ウクライナ共産党第一書記V.シチェルビツキー(В.Щербицкий)に、次のように尋ねる必要があるだろう。事故当夜に何が起こり、そしてあなたたちはどんな情報を伝えたのか? さらに発生した大事故を一般に知らせないことを決定したのは誰なのか? これは非常に重要な点である。そのほかにも、国政の最高指導部がいつ事故を知ったのかという点についても、現在にいたるまで明らかにされていない。
【ヤロシンスカヤ】―― ノーブイ・ミール(新世界)誌第6号に載ったG.メドページェフ(Г.Медведев)の「チェルノブイリ・ノート」(訳注)によれば、その夜(1986年4月26日)の3時(すなわち事故の1時間半

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(訳注)コミュニスト誌に掲載された‘「チェルノブイリ・ノート」の技粋’の訳が当会の冊子4「チェルノブイリ・ノートより ―― 無資格」に、また新世界誌の全訳が「内部告発」松岡信夫訳(技術と人間社刊)ででています。

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後)に、当時のソ連共産党中央委の原子力課長で現在のソ連閣僚会議燃料・エネルギー資源担当第一副議長V.マリイン(В.Марьин)に報告が入ったという。
【シチェルバク】―― 正確な情報がうやむやにされたために、避難地域を半径10キロメートルから30キロメートルに拡大するという決定が時期を失する結果となった。つまり、事故炉から14キロメートル離れたチェルノブイリの町をはじめ、恐るべき放射能にさらされていた多くの村に対する避難命令が、(1986年)5月2日になってようやく発せられた。N.ルイシコフ(Н.Рыжков)とYe.リガチョフ(Е.Лигачев)が事故現場に到着してから、やっと共和国指導部も重い腰を上げてチェルノブイリにおもむかざるをえなくなった。
 キエフのメーデーはどうだっただろうか? 一つは、私はメーデーに参加する青少年を招待したという嫌な過去を持っているという事実である。もう一つ、ウクライナ気象委員会議長代理のチェルカノフが署名した書類がある。それは、特定の人々に配布された1986年4月下旬から 5月上旬におけるキエフの放射線レベルに関する資料である。資料の配布を受けた人々は、ウクライナ共和国最高会議のシェフシェンコとバクチン、それにウクライナ政府評議会のルアシコ、ボイコ、バクチン、コロミエツである。彼らは、4月30日に放射線レベルが上がり始め、キエフの中には最大許容レベルの100倍にもなった場所があったと語っている。しかし、人々に警告が発せられたことはなかった。たまたま、シチェルビツキー、シェフチェンコ(Шевченко)それにリャシコは演壇に立ってメーデーの練習を見ていた。無知だからなのだろうか? それとも、自らは放射能の犠牲になっても人々に真相を知らせてはいけない、という変な責任感の現れなのだろうか? いずれにせよ彼らは、この日に子供たちを広場に出したことに対して直接の責任を負っている。
【アダモビッチ】―― わが白ロシアでも同様の状況が見られた。事故の

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直後に白ロシアの核物理学者V.ネステレンコ教授は住民の避難を含む緊急措置の案を共和国指導部に提出した。われわれはいま具体的な人物を問題にしているのだから、あえて指摘しておく。当時の白ロシア共産党中央委員会第一書記は現在のソ連共産党中央委員会政治局員であり書記のN.スリュニコフ(Н.Слюньков)、共和国閣僚会議議長は現在もその職についているM.コバリョフ(М.Ковалелев)であった。ところがネステレンコ(Нестеренко)は、お偉方に権限外のことに口を出すなと叱られ、執務室から追い出された。しかし、彼は線量計を手にして中央委員会の女性事務員たちのまわりの放射線を測って歩き、大パニックを巻き起こした。そこで、お偉方もなにがしかの対応をせざるをえなくなった。だが、それはあくまでも《なにがしか》であった。現実には今日に至るまで、放射能の雲におおわれた数万の人々は、その場所に住み続けたのである。
【プチコ】―― われわれもその場所に残った。当時私はナロジチ地区会議の執行委員会議長をしており、事故炉から68キロメートルのところに住んでいた。それにもかかわらず、事故を知ったのは偶然のことからだった。地区の境界に多数のバスが結集したからである。地区委員会に電話をすると、チェルノブイリでなにやら事故が起こったとのことだった。わが地区では定期市が開かれていのに・・・
 子供たちの避難は(1986年)6月7日にようやく完了した。地区には病気の子供が多く、特に甲状腺肥大の子供が多い。ほんとうに健康な子供は一人もいない。だから私は、具体的に一体誰の責任なのかと問わずにはいられない。

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【モスクワ・ニュース紙】―― チェルノブイリ原発事故に関するウソが、事故の

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当初から始まっていたということは明かである。ペレストロイカ(改革)が始まった年、グラスノスチ(情報公開)がスターリン主義という永久凍土を溶かす唯一の方法であった時期に、秘密主義と半面の真理しか含まない言葉では氷を溶かすことはできない。しかし、この国の状況がウソをつくことを許してしまった。


◎ ウソの続き

【アダモピッチ】―― 次に言いたいことは、1986年に始まった犯罪がその後も続いたし、今も続いているということである。ウソの形は変わったけれど、少しも減ってはいない。私は自問する。白ロシア、ウクライナ、ブリャンスク州の放射能汚染の程度について3年間も口をつぐみ、発表せずにいたのは、どういうわけなのか? 現地の学界も、モスクワの学界、とりわけイリイン(Ильин)・ソ連医学アカデミー副総裁を長とする保健省生物物理研究所のスタッフも、このウソを裏付けるために動員されたのは、なぜなのか? 事故後3年もたってからようやく、白ロシアの3分の1が汚染され、耕地の5分の1が《死んだ》ことが明らかにされた。数字を挙げるなら、汚染された土地の面積はそれぞれロシア連邦共和国で1,000、ウクライナで1,500、白ロシアで7,000平方キロ・メートル(訳注)だという。そういう情報が漏れてきてからもウソを言い続け、放射能で死ぬ人は一人もいないなどと強弁してきた。しかし、他の病名、たとえば虚血性心不全で死亡したとされる人の遺体を解剖した結果、その肺にいわゆるホット・パ

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(訳注)セシウム137による汚染レベルが1平方キロメートル当り15キュリー【555,000Bq/u】またはそれ以上の面積。

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ーテイクルが大量にあることが判明した。白ロシアのYe.ペトリャフ(Е.Петряев)教授は、最大15,000個にものぼるホット・パーティクルを確認している。このようなホット・パーティクルが2,000個もあれば、確実にガンになるといわれている。
【ヤロシンスカヤ】―― しかも真実など知ろうともしなかった。ここに次のような文書がある。「キエフ州のポレスコエ地区およびイワンコフ地区では、病理解剖のシステムがないため死亡者と死産児の解剖はおこなわれていない。1987年に死亡した353人のうち誰一人として解剖されていない。スラブーチチ地区でも解剖は行われていない。ジトミール州ではいくつかの地区で合同の病理解剖センターが設立された。しかし、そこで解剖されるのは治療施設で死亡した人だけである」 こんな状態で、放射線が原因で死んだ人がいたとか、いなかったとかいうことが、なぜわかるのだろう?
 チェルノブイリに関する大きなウソの主な原因は、相も変わらぬ秘密主義と、グラスノスチ(情報公開)は許された範囲内に限るという政策にあると思う。ここに政府委員会が承認した1988年2月29日付決定514号「チェルノブイリ原発事故に関する問題で、公刊出版物への掲載、ラジオ放送、テレビ放映を許可されない情報のリスト」という文書がある。当時の政府委員会議長はB.シチェルビナ(Б.Щербина)であった。読んでみよう。「許容基準を超える個々の集落の放射能汚染レベルに関する情報、チェルノブイリ原発において特殊条件下で働く運転員または事故処理作業に動員された人々の肉体的労働徒力の低下、職業技能喪失の指標に関する情報は、これを秘密扱いとする」 私はこの指令について、同じ政府委員会のメンバーだったV.マリイン(В.Марьн)に尋ねてみた。彼は間違いなく次のように答えた。「どんな禁止指令もなかったし、また現在もない。一人一人のコルホーズ(集団農場)員が村議会に行ってあらゆる資料を入手できる。」 記者である私が2年間もナロジチに関する記事を発表でき

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ず、ひそかに情報を集めなければならないという状況だったのに、コルホーズ員の一人一人とは、よくも言えたものだ…。
 もう一つの文書「1987年7月8日付け205号、ソ連国防相軍医委員会の説明書」には、次のように書いてある。「過去にチェルノブイリ原発での作業に参加して急性放射線障害にかからなかった者については、病歴証明書の作成に際して、上記作業に従事した事実および放射線障害にいたらなかった総被曝線量を第10項に記載しないこと。」
 もう一つ、これは1989年6月12日付けのマル秘文書である。「ソ連国家気象委員会の指示により、追加調査の結果判明したジトミール州ルギヌイ地区の放射能の現状に関する情報を送付する。極秘!」 今日なんでこんなものを極秘にするのか? 気象委員会のYu.ツアトゥーロフ(Ю.Цатуров)副議長に質問すると、「そんなことはありえない」と言う。ウソをついているのだ! われわれがこうやってしゃべったり書いたりしている間にも、この機構は一層巧妙に動き続けているのだと思う。新しい極秘指令が明るみに出ても、相手はそんなものはないとシラを切るだろう。
【アダモビッチ】―― でわれわれは人民代議員大会でイズラエリ国家気象委員会議長とV.シェフチェンコ(В.Шевченко)・ウクライナ共和国最高会議議長が互いに責任を相手になすりつけようとして、議論するのを見た。シェフチェンコはイズラエリが共和国に正しい情報を与えなかったと非難した。しかし、いまやイズラエリは彼が常に真実を語り、真実以外の何物をも語らなかったことを示す論文をさかんに新聞紙上に発表している。白ロシアのボリセンコ(Борисенко)科学アカデミー会員が次のように語っていた。「モギリョフ州の6つの地区の破局的状況  ―― 今ではこれを立証する多くの資料がある ―― のデータをイズラエリのところにもっていった時、彼はいろんな文書を並べて、すべては正常だと言った。しかし今日、公の場で彼がこれとは正反

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対の文書を引き合いに出して反論したとしても、私は驚かない。」
 しかし、指導機関のメンバーや官僚だけを非難しようとは思わない。もちろん、政府委員会の議長だったシチェルビナのような人物の責任は重大である。しかし、物理学者や医学者など、わが国の学者にも少なからず責任がある。人々から真実を隠し、それによって彼らに苦難の運命を与える文書に、医学者はどうしてサインすることができたのか?
 私に言わせれば、それは身内をかばおうとする心理の現れである。それはどこでも見られるものではあるが、わが国ではそれが大量のイデオロギーというセメントを注入されて肥大してしまったのである。
【シチェルバク】―― わが国では科学、医学が政治システムの奴隷にされてしまった。これはおよそ学問について起こりうる最も恐ろしい事態である。

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【モスクワ・ニュース紙】―― チェルノブイリ原発事故の後すぐに、真実を隠すことがいかに危険であるかが明らかになった。しかし、住民に公開する情報は一部だけで残りはエリート階級が握っていたいと信じ続けている人々がそのことを考えることはまったくなかった。高い放射能に汚染された地域で、子供たちは病気になった。大人は死亡したり自殺したりした。そして国はグロスマンの本を読んだり、ソルジェニーチンの本を出版する準備をしていた。―――このように過去の真実を学んでいた。さらに、秘密にしなければならないような場所は一つもないことを信じたかった。しかし私たちは国の予想とは違うことを知っている。どんな結末が待っているのだろうか!

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◎ 終わりはあるのだろうか!

【アダモビッチ】―― いったんウソを言い出すと、なかなかやめられなくなる。さんざんな目に遭うと、もう誰も信用できなくなる。誰をも信じていない人々に投げかけられた新たなウソが、いわゆる35レムという概念である。この数値は、L.イリイン科学アカデミー会員以下の中央の学者が、被災地域の生涯被曝許容線量として設定した。健康な成人男子も妊婦も、老人も子供もひっくるめて、全員に対して設定したのである。白ロシアとウクライナの学者はこの概念に反対し、こういった数値はどのように考えても正しくないと主張した。人々が事故直後の数日、また数カ月に浴びた線量も、水や土壌の汚染度も、汚染食品を食べざるをえない事情も、計算に入らないからである。こういった状況に目をつむることはできないはずなのに、見えないふりをしている。移住措置がからんでいるからである。
 「白ロシアの学者は何も知らない。WHO(世界保健機関)もこの概念に同意したではないか」、と文句をつける向きもある。確かに同意した。だが、ペレラン教授が白ロシアを訪れたとき、なぜこの概念を支持するのかと問われてこう答えている。「だってあなたがたには移住措置に必要な資金が不足しているというではないですか」 少なくとも正直な答えではあった! ついでに言うと、つい最近、最高会議の議場で私はベリホフ(Велихов)科学アカデミー会員と話した。彼はゴルバチョフ(Горбачев)とルイシコフ(Рыжков)のいる前で次のように言った。「35レムというのはいいかげんな数値で、自分の菜園で作ったジャガイモを食べることも、自分の牛から搾ったミルクを飲むこともできないような場所に、人間が住むわけにはいかない」。
【ブチコ】―― ペレラン教授はわれわれのナロジチにも来た。私が「この付近の村々は《きれいな》村と《汚染された》村とに分けられている。つまり、《きれいな》食品が運び込まれる村と、そうでない村とがある」と言った。彼は

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驚き、通訳を通して本当にそうなのかと3度も問い直した。放射能が場所によっては1平方キロメートル当り100キュリー【3,700,000Bq/u】を超えるような土地で、われわれに《きれいな》食品が完全に保障されているわけではないという事実は、彼にとっては信じられないことだった。
【シチェルバク】―― わが国では「放射線安全基準」が制定されている。問題のイリイン氏もその制定に参加している。この文書には安全基準の超過は刑事責任を問われると書いてある。そうだとすれば、35レムという積念は、この規定とまったく矛盾していることになる。それだけでなく、国際放射線防護委員会(ICRP)は許容線量のしきい値を下げている。チェルノブイリ事故に関する最高会議の席で発言したジョレス・メドベージェフによれば、職業上の被曝、すなわち原発従業員の最大許容線量が20レムまで引き下げられたという。ところがわが国では子供に対しても35レムなのだ!
【コリニコ】―― キエフ・グループを含むいくつかの科学者グループが、低線量が人間の免疫系に及ぼす影響を調べている。たとえば、原発周辺地域で作業して最大で25レムの放射線に被曝した軍人たちの綿密な医学検査がおこなわれ、1年半後の再検査で彼らの免疫系が完全には回復していないことがわかった。
【ボロネシツェフ】―― ここに白ロシア共和国科学アカデミーの結論があるので、引用する。「医学生物学的検査によって、人体の免疫系と内分泌系の異常、一連の代謝プロセスの破壊、染色体異常の出現が確認された。放射能汚染地域では、貧血症、自立神経失調、高血圧症、甲状腺肥大の増加傾向が認められる」 ちなみにイリイン科学アカデミー会員は、放射能汚染地域全体にわたり、予防措置としてヨー素剤の投与が実施されたと断言した。私は1週間前にナローブリャに行ってこの目で確かめてきた。医学検査カルテを全部調べてみたが、この種の予防措置の対象となった子供は一人もいなかった! ベトカ地区でも同様だった。もっとも、いまこんなことをここで言うと、明日にでもさっそくすべて

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のカルテが書き換えられる恐れもあるのだが…
 移住させるための資金がないということについて、話したい。その資金は文字通り地中に流し込まれているである。 たとえばベトカ地区バルトロメーエフカ村は、白ロシア共和国の計画によれば退去地区に指定されているが、現在そこではパワーショベルやブルドーザが活躍して新しい施設を建設中である。工費は150万ないし250万ルーブル。プラウダ紙にも書かれたマイスキー町はどうか? すぐ隣のチュジャニで汚染レベルが1平方キロメートル当り140キュリー【5,180,000Bq/u】に達していることを《忘れて》ここに1,200万ルーブルを注ぎ込んだ。この責任は共和国最高会議の前幹部会議長で現在はソ連最高会議民族会議の民族政策・民族間関係委員会の議長であるG.タラゼビチが負うべきだと、白ロシアの人々は考えている。
【シチェルバク】―― 今日ウクライナでは、文字通りあらゆる集会でA.ロマネンコ(А.Романенко)共和国保健省の責任が追求されている。チェルノブイリと原発の現状について話したい。ここにチェルノブイリ地区で発行されている新聞「トルドバヤ・バフタ」の1989年7月20日号がある。生産公団《コンビナート》の党員協議会の記事だが、ちょっと読んでみる。「…チェルノブイリの悲劇の再検討が必要だが、それは社会が公式意見の圧力から開放され、シチェルビナ、チャゾフ、イリイン、ルコーニン、イズラエリやその協力者たちの圧力がなくなって初めて可能となるだろう。何も心配することはないといった保健省の評価は、いつになったら終わるのだろうか? スラブーチチを新しい居住地区に選定して、複雑な心理的問題の解決と少なからぬ追加出費をわれわれに強制した連中の名も、もうそろそろ明らかにして、公表すべきではないのだろうか?」 ここで言われているのは、スラブーチチ地区がセシウムの《汚染スポット》内に建設されたために、被曝経験をもつ従業員の大多数がここで働くことを拒否しているという事実なのである。

----- p.24 -----

【アダモビッチ】―― 次にこのウソがどのような結果を招いたかを検討することにしよう。それはすでに国全体に対する大きな犯罪になった。たとえば時機を失することにより放射能の拡散を防ぐかわりに、それを白ロシア全体にまき散らしてしまった。ウクライナにはわずかではあるがチェックポイントが設置されたが、白ロシアにはまったく設置されなかったか、または設置されたとしても早急に撤去された。その後放射能は全国に拡散した。北部でも、中央アジアの他の地域でも、白ロシア産の食肉は拒否されているのに、われわれは相変わらず汚染地域でバターや食肉を生産している。ここに書類がある。「ホイニキ地区 ―― これは事故直後に危険地帯に指定された場所である。あらゆるものが汚染され、農業などまったくできない。それなのに牛乳の生産計画は1985年3万2,500トンだったのが1989年には3万6,000トン、食肉は7,500トンだったのが7,800トンとなっている。」 スダコボ・ソホーズのサトチェンコ(Садченко)農場長は汚染農地500ヘクタールを計画から外してくれと頼んだのに124ヘクタールが新たに追加され、牛乳と食肉の生産計画を1.5倍に増やされた。だが、このソホーズがあるロマチ、ツリゴビッチの両村で、オブニンスクの科学者たちはプルトニウムについて1平方キロメートル当り5.4キュリー【199,800Bq/u】という計測値をだしている。基準値は0.1だというのに! このように、お互いの目の前で官僚主義的人民殺害のメカニズムが働き続けている。めちゃくちゃで無意味でしかも無作意の殺人が、官僚機構の単なる正常な活動として続いているのである。
【コリニコ】―― あらゆる基準をオーバーする汚染度の穀物やジャガイモが全国に出回っていることを示す書類を、私は入手している。ヤミではなく、完全に合法的に出回っているのだ。
【ブチコ】―― ここでみなさんの話を聞いてつくづく思ったのですが、われわれはなんとも恐ろしい災厄に見舞われたものだ。警告も、子供たちの避難も、時機を失してしまった。それでもわれわれは、学者、医師、共和国指導部が

----- p.25 -----

手を打ってくれるものと期待していた。彼らを信頼していた。だが、手を打ってはくれなかった。そこでわれわれは警鐘を鳴らし始めた。新聞のおかげで、ようやくわれわれの言い分も聞いてもらえるようになった。だが、いつになったら言葉から実行に移るのだろうか? その日がいつかくるのだろうか? 皆さんの協力をお願いしたい。私自身はもうどこへいっても相手にされない。キエフの閣僚会議でさえ、私を厄介者扱いにしている。国家気象委員会のイズラエリ議長がわれわれのところへやってきて、ここの平均汚染レベルは1平方キロメートル当り5キュリー【185,000Bq/u】だから、居住可能だと言った。だが《平均》とは何なのか? 1平方キロメートル当り170キュリー【6,290,000Bq/u】という村があるというのに、平均値にどんな意味があるのだろうか? 書類を示すことができるのですが、ここにマールイエ・メニキ村では子供たちの3年間の積算被曝線量が20レムに達していることが公式に確認されている。
 今年(1989年)中に子供のいる338世帯を移住させるという約束だったが、地区の移住計画は4年間延期された。9月になり、われわれは1平方キロメートル当り170キュリー【6,290,000Bq/u】の村に幼稚園や学校を再開せざるをえなくなった。だから地区全体を汚染されていない食品に切り替えるという問題を緊急に解決する必要がある。1,500人の子供が汚染食品を食べているのである! 私の知り得た限りにおいて、この移住決定の書類はソ連保健省のG.セルゲーエフ(Г.Сергеев)第一書記官の手元に留め置かれている。わかっていただきたいのだが、私はもういい年だからどうでもよいとしても、子供たちを見ているのが辛くて…
【アダモピッチ】―― 最後にもう一つ言っておきたい。これらすべての犯罪、ウソとごまかし、真相隠蔽の責任者たちには、状況を変える能力はない。この連中は今後も自分のウソをとりつくろうために策略を弄し、新たなウソをつくに決まっているからである。だから、まだ年金生活に入っていない人たちは、その役職を辞任すべきである。

----- p.26 -----

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【モスクワ・ニュース紙】―― この討論会を召集して、私たちはチェルノブイリに関する重大なウソの初めから終わりまでの全体を見とおし、ウソを終わらせるための方策を知ることに努めた。読者にもおわかりのように、私たちは目的を達してはいない。一番の理由は、隠されたいる事故の規模を確認すること、人々の間に誤って伝えられた情報を正すこと、放射能汚染地域に住む人々を移住させることなどが進行しているにも関わらず、まだ個人に関して知らないことがあるためである。これらに関する情報がないと、誰に本当の罪があるのかを確かめることは不可能である。もう一つ、これらのウソがどのような方法で拡げられたのか?
  一方、真実を見いだすことは義務である。処分を免れた罪というものは、蔓延しやすい病気のように広がってしまう。これらの背景にある状況やゆがみを残したまま、グラスノスチの第一歩が踏み出された。これらの驚くべき兆しは、チェルノブイリ原発事故後、感じられるようになった。トゥビリストの悲劇に関する最初の報告を思いだしてみよう。チェルノブイリに関する全ての真実が必要な理由がそこにある。もし、私たちが過去から何も学ばないとしたら、そのことにより個人に対して新たな罪を負うことになる。
 私たちは将来の調査のための出発点としてこの記事の発表を考えた。この討論会の参加者は、議論の内容を新聞記事として掲載することに同意した。以下の質問に対する回答を見つけるために必要であると考えたからである。
――― 事故の規模を隠したことに関して、また汚染地域の放射線レベルについて事故後3年間にわたって間違った情報を流したことに関して誰が特に責任を負うのか!
――― 放射能汚染地域で医療援助や《きれいな》食料品の供給がなかったことについて誰に責任があるのか!

----- p.27 -----

――― 誰の命令で高い放射能に汚染された地域の農産物を出荷したのか! 国中にこの汚染食料を広げた責任は特に誰にあるのか!
 私たちは、みなさんがこの現在進行している悲劇の原因を解明するための記録の調査に協力してくれることを望む。また、誰でもが新聞に投書できるのと同様に、反対の意見を持っている人々にも門戸を開いている。ただし、真実が隠されないようにするために、反対意見に関する疑問点については質問する権利を留保しておく。編集者は1986年4月26日に起こった悲劇に関する投書を待っています。
 討論会の議事進行と議題の提供は、モスクワ・ニュース解説員エフゲニヤ・アルバッツがおこなった。


【1989年10月15日付 モスクワニュース 42】

----- p.28 -----

(あとがき)

 新聞2ページ分をB5に縮小すると何がなんだかよくわからなくなってしまった。見やすくするために、冊子1「チェルノブイリ原発事故から1,000日」の汚染地図を再度掲載した。また、実感をもってもらうために、実物大の汚染地図を別途作成した。コピーを張り合わせた物なのであまりきれいではないが、放射能汚染の恐ろしさ・大きさを感じていただけるのではないだろうか!?
 それにしても、白ロシア共和国に隣接する、ロシア共和国とウクライナ共和国のグラスノスチ(情報公開)はどうなっているのだろう? それにもまして、私の住んでいる国の情報公開の状況は????
 ソ連の中央にいる学者が、自己弁護をするための論文を書き始めているように、この国でもそろそろ始まるかもしれない。いずれにしろ、原発を推進してきた学者と呼ばれる人たちの名前だけは忘れずにおきたいものだ。たとえ彼らがどんなに素晴らしい文章を書いたとしても!


(1990.05.24 イワンとミーシャの会)

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(1990)特別な注意を要する地域(その2) kohnoのブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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